あた〜らしい春が来た♪
 

「新婚さんバトン?」


     7




久々の雑貨屋さんでのイエスのアルバイトは、
久々とはいえもはや勝手も重々判っている場所やお仕事だけに、
何ていって戸惑うような突発時も特に起きぬまま、
至って穏やかにその初日が過ぎてゆき。

 「…イエス、頑張ってる?」
 「え? あ・ブッダ。」

平日とはいえ、世は春休みなので…という付帯条件の下に、
女子高生たちが微妙に多数お目見えになってる店内には、
今時の、それでも大人しめのBGMがかすかに聞こえるボリュームでかかっており。
馴染みのいいお声が、されど彼にはとんと予想のないまま立ったからだろう。
カウンターを兼ねたショーケースの上で、
お友達なのだろう、セーラー服の上にコートを重ね着という女子高生が
画面を開いてたスマホのゲームを覗き込んでたお顔を上げたそのまま、
玻璃色の双眸をくりんと、いかにも子供っぽく見開くところが、

 “あーあー、そんな顔したら幻滅されないかい?”

せっかく…澄ましておれば 線は細いが聡明そうなイケメンのお兄さんキャラなのに。
口許をお髭ごと真ん丸な弧にしてしまい、
おおう驚いたという、いかにもな判りやすいお顔になったりして。
なぁんだって残念がられないかいと、
何でだかこっちが案じてやってしまうほどの
無邪気で開けっ広げなお顔になった神の子様は。
目の前のスマホがその画面の片隅で時刻を提示しているというに、
左右から背後までという店内をぐるぐると見回してから、
やっと視野に入った壁時計で時間を確かめ、

 「あ、そっかぁ。もうこんな時間なんだ。」

早い目に出て来たので感覚が違ったか、
そろそろ四時近く、
つまりは自分のバイトの時間がそろそろ終わりなことに今やっと気がついたらしく。
ということは、

 「買い物に来たの?」

そのついでの帰りがけ、ここにも足を延ばしてくれたの?と。
これまでもそういう流れが当たり前だったの思い出し、
お留守番しているはずなブッダがここに居ること、
自分なりに合点がいったとしたようだったけれど。
そんな指摘をされた側はといや、

 「いやあの、お買い物じゃなくって、さ。」

微妙に狼狽えたのが正直だったりし。
実はお昼に一度来たこと、
言わなきゃ判るまいとの内緒にしての、またぞろ歩みを運んだ商店街。
とはいえ、今日要るものはその折に買い揃えてしまってもおり。
やるべきことを後回しとか先延ばしにするのが苦手なところが祟ってしまい、
そろそろ終わるなとアパートで気づいた時点で、
再びのお出掛けの言い訳、
ちょっと苦慮しかかった釈迦牟尼様だったりしたのだけれど。

 「今日はこのまま寒くなるらしいから、先にお風呂に寄っておかない?」

二月に引き続き、何ともランダムなお日和が襲い来る三月弥生。
夏日に迫るほど暖かくなったり、
そうかと思えば最高気温は未明に記録というほど
日中だというにぐんぐんと気温が下がったり、
体調管理が大変な春となりにけりだったので。
スマホで予報を確かめてから、
一旦家でまったりしちゃって、ご飯も食べてしまってからとなると、
腰が上げにくくなっちゃうかもしれないからと。
そんな言い分け、もとえ、理由をひねり出したブッダだったようであり。
いつものお風呂の用意を詰めたバッグを ほらとかざして見せたれば、
一瞬、あまりに唐突が過ぎる内容についてけなかったか、
キョトンとしたのも束の間で、

 「そっか、そうだね。
  寒い中をまたお出掛けというのも億劫だしね♪」

うんうん、キミの言う通りだと、
後ろ手に背中へ手を回し、お店のエプロンを外しつつ、
自分のバッグなどを置いているのだろ、控室の方へと歩みを進め出す。

 “というか、そういうことをいつも言い出しちゃあ、
  出かけるのやめとこうよと言い出す私へ、
  そんなこと言って 入らないで済まそうとしてなぁい?なんて、
  眠かろうが寒かろうがってノリでお尻叩くキミだのにね。”

ここまでお出掛け中の私だから、
だったらいっそ言い出される前にと先手打たれちゃったかな?なんて。
やっぱり邪推や勘ぐりなんてものには縁のないイエス様だったようで。
それは素直に “一緒に帰ろう”へ乗っかってくれたようでございます。




J お風呂の準備ができました。
  旦那様が入ろうとしています。一緒に入りますか?



ちょっと回り道となるが、それでも慣れた道をゆき、
ほぼ毎日のように通う銭湯ののれんをくぐれば、
ほわんと漂うのは 湯で温められたそれだろう
石鹸や整髪料や、いかにもなあれこれが混ざった独特の匂い。
ああお風呂だと感じてしまえるほどには、もうすっかり馴染んだ二人、
簀の子になってる上り口へまずはと靴を脱いで上がり、
さっそく爪先から冷え始めるのに追い立てられつつも、
空いてる下駄箱はと和風ロッカーを見まわしておれば、

 「わっ☆」

がたがったんという物音と共に、下駄箱前で転びかかったイエスにビックリ。
簀の子の端っこへスニーカーの爪先を引っかけてしまったようで。
前のめりに顔から突っ込むように倒れかかったすんでで、
何とか手をついてギリギリセーフと相成ったらしく。

 「だ、大丈夫?」
 「うん、平気。」

ちょっと痛かったけどと咄嗟に突いた手のひらを見やり、
少し擦りむいたらしいのをそれでもパンパンとはたいて砂粒を払う。
かすかに染みたか眉が寄ったの、痛々しいなと見やったブッダへ、

 「ほら私 怪我とかすぐにも治るし。」

気にしないでと持ってゆきたいか、そう付け足してから、

 「さすがに骨折とかだと、復活に三日かかるけど。」
 「…そのくらいじゃないと大変な怪我じゃないんだね。」

実際の話、いくら神の子だとはいえ、
風邪にしても怪我にしても、まるきり降りかからないわけではないのだ。
聖なる覇気でするするとあっという間に完治するというが、
薄着でおれば悪寒に見舞われもするし、
転べば痣だって出来るし、擦りむき傷も負う。

 “そういうややこしい仕様だから気がかりなんだと持ってったところで、”

人の痛みが判らないといけないからだと思うよ、なんて。
虚を衝くような言いようを持ち出して、
こちらをはっとさせた隙、
このお話はもうお終いなんて ぎゅうと抱きしめられちゃったり、文字通り抱き込まれたり、
思い出すと記憶がそこへ至って、結果 真っ赤になるよな展開にされたのは、

 “…まさかにわざとじゃないよねぇ。/////////”

そういう方向で周到狡猾なイエスだとも思えないから、
それこそ天然のなせる業だろうけれど。
妙なことまで思い出してしまい、
今日今回はイエスの仕業じゃないながら
それこそ誤魔化されたように ほら早くと脱衣場へ上がるの促され。

 「おや、今日はまた早いねぇ。」

番台にいらした御隠居さんから、いつもの時間じゃないのを驚かれたが、
今日は晩にますますと寒くなるらしいしねと、常連のお客さんが声を掛けて来てくださり。
そうさな、湯冷めは風邪の素だから、早くに浸かっといた方がいいのかもなと、
それは素直に雑談として流してくださって。
見回せば他の時間で顔を合わせる方々がちらほらおいでで、

 「皆さんも思うところは一緒だね。」

ブッダったら賢明、なんて。
どんな褒め方なのやらな耳打ちをするイエスなのが、

 「いやあの、そんな。///////」

こういう場での耳打ちはちょっと…と、
ブッダとしては微妙に違う次元から照れちゃったり。
とはいえ、

 “…あ。”

男ばかりの脱衣場、何を含羞む必要があるものかと、
そりゃあ無造作にジャケットからジーパンから、ポイポイ脱ぎ始めたイエスなのへと視線がいって。
そのまま、視線が離せなくなったのは、
肩や背中へ下ろされた濃い色の髪のかげ、
自分のような聖人には隠されてはない“聖痕”があらわになったのへ、
今更ながら息を飲んでしまったから。
肉がはぜるほどという凄惨な鞭打ちの刑を受けた彼は、
その傷口が塞がるのを待たずして磔刑に掛けられたので、
手足への釘の傷やロンギヌスによる脇腹の槍傷、
茨の冠によってついたものや十字架を負ったことで背中についた傷も含め、
それらすべてが“聖痕”となったとされてもいて。(鞭打ちの傷は諸説あるそうですが…)
尊い受難の痕とはいえ、
傷だらけの肢体は、そのままだとあまりにむごたらしい。
なので、彼らの聖なる覇気を押さえている作用が働いていることに添うてか、
傷跡の方も幾らか誤魔化せているらしく。

 “それでも、竜二さんみたいに傷跡へ鋭い人には、
  ロンギヌスさんのつけた傷なんか見抜かれちゃったようだけど。”

それは大例外だから置くとして。

 “目を背けるなんて出来はしないよね。”

キミのすべてを余さず知っておれるのは光栄で幸いなこと。
彼が私の弱さをちゃんと知っててくれているように、
強さも弱さも総て、
見えているし知ってもいるのだと、
肩越しに振り向いてきたら しっかと頷いてあげなきゃいけない。

 “ああそういえば…。”

天上世界へ帰ってきたばかりのキミは
あまりに心許ない様子でいたから
それで気づかなかった、思い出さなかったけど。
私、地上に居て 説法に立っていたキミを、天界から見たことがある。
それは頼もしい様子だったし、
懐の尋も深そうな慈愛に満ちていて、

 『生まれたばかりの和子に、
  すでに誰かに跪かねばならない身分が定まっているなんておかしい。
  父なる神の前に、人は皆 等しくあらねばなりません。』

役人からの迫害や、信者の中に紛れ込んでいた裏切り者に襲われても、
卑屈に背を曲げることも、周囲を警戒から伺う様子もなく、
鷹揚に構え、教えを説いていたキミの姿や声は、
苦衷にある人の心へ響き、それは心強い救いとなって支えていた。
自然体で飾らず、なのに確たる信念からか頼もしさにあふれてて…。

 “ああどうして気づかなんだのか。”

残酷なほどの仕打ちに遭うの、
せめて見守っててあげられたかもしれない。
他の殉教者と同じ、特別扱いしないのが正解だと判っちゃいるが、
今の今はそれがほろ苦くてしょうがなく。

 「…ぶっだ?」

どうかしたの?という声を掛けられて、
挙動を止めてまで見入っていた自分だと気がつき、
あわわと慌てるのも、まま いつものブッダではあるのだが。

 「あ、え? ああえっと、いやいや、早く入ろうね。」
 「うん。でもその前に服を脱がなきゃね? ブッダ。」
 「あ…。////////」

外国からの観光客向けに、
水着来て入るのはマナー違反だぞと書いてる銭湯もあるらしいしね。(こらこら)




     ◇◇


うっかりぼんやりしていた如来様も、
我に返れば通常運転に戻るというもの。
いつもよりはお客さんの数も少なくてその分伸び伸びとしたお風呂につかり、
さら湯ならではのチクチクも心地いい、
一味違うお湯を堪能した二人。
湯冷めしては何にもならぬと、
きっちり湯を拭い、きっちりとアンダーから靴下から身につけてから、
セーターやボトムを着込んだ上から上着を着つけ。
真冬に比べればまだまだずっと明るい、
けどでも そろそろ夕方へ向かわんというやさしい気配の中、
アパートまでの道をたどる。

「花粉は大丈夫?」
「うん。今日は寒いからかそれほど舞ってないみたいだし。」

そんな言葉を交わし合い、アパートまで戻る道は、
やや肌寒いとはいえ、それでも春めいた陽射しに照らし出されていて。
路傍のアスファルトの端から頑張って顔を出しているタンポポなど見つけると、
ついついお顔がほころびもする最聖のお二人だが、

 “ああでも、ブッダの笑顔に比べたら、どんな可憐なお花の佇まいも敵わないなぁ。”

なぁになんて小首を傾げられると、そうまで見入っていたかと我に返り、
何でもないないと あたふたしちゃうほどに見惚れる愛しいお顔。
天聖界に居た頃のブッダは、
主に 衲衣という大きな一枚布を綺麗なドレープを作って身にまとっていて。
菩薩さんたちのような、若しくは天女さんたちのような
金銀宝玉を連ねた装飾品とか優雅な領巾(ひれ)などはまとっておらず、
それはシンプルないでたちをしていたのだけれど。
それでもその存在感が際立っていて。
豊かな知性を含んだ聡明さの上へ 甘やかな品が感じられる端正なお顔に、
均整の取れた肢体は まろやかな稜線に縁どられていて優しくも麗しく。
清楚な装いだったのに、だからこそ、
すっきりと露わにしたうなじのまろやかさとか、
口許のふくよかさも愛らしいおとがいの線の嫋やかさなどなどへ、
なんて眩しいキミなのかと、
挙動不審な落ち着きのなさになっちゃったことも数知れず。
それは清廉な微笑みの似合う、慈愛の教祖様でありながら、
悪鬼へは毅然として立ち向かえもする頼もしさまで持ち合わせてるなんて、

 “なんかズルいなぁ。”

実は力持ちで武道もこなせるという裏技のせいでは決してなかろうが、
いまだに沢山のお弟子さんたちから慕われ頼られ、
天部さんや明王さんたちからも崇拝されていて。
それもこれも彼自身の人徳、
自身で積み上げた資質の素晴らしさだと判っちゃいるが、
甘やかされまくりの自分とは真逆、
正しく皆さんの心の師であるブッダなのへは、
頭が下がる想いが絶えないイエスであり。

 “だもんだから、アナンダ君やラーフラくんへは遠慮しなきゃって思っちゃうし。”

仏教の始祖だからというよりも、そういう思慕を集めている人だから、
自分だけが独占できないなって思ってもいたのだしと、
ほんの数年前まで、自分が抱えていた自制を思い出すイエスだったりし。
そんな視野の中、ひょこんと振り返って来たお顔が小首を傾げ、

 「どうかした?」
 「あ、いやいや。あ。もう着いちゃったね。」

何だか微妙な物言いをし、松田ハイツのステップを上がる。
幸せなればこそ、もっとと望むのを我儘だと反省するところ間でお揃いなお二人で、



H 帰宅した旦那様に何か一言!



 「ただいま〜vv」
 「おかえりなさいvv」





  もちょっと続く。(笑)



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 *もたもたしてる間に、花まつりも過ぎちゃいましたね。
  まだまだ三月の話ですいません。

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